この事の背景には何があるんでしょうか。
このように日常的になるには時間がかかったのですね。
結党当初、愛知県、北海道などの旧日本社会党勢力がそのまま参加した地域を除き、地方組織がほとんど無い状態でスタートした政党だったため、国政の議員数に比べ明らかに地方議員の数が少ない状態が続いていた。 しかし、複数の国政選挙の経験から、また自由党から合流し代表となった小沢一郎の方針により、地方組織の充実のため地方議員を増加させることが党の課題とされた。2007年の統一地方選挙がその試金石であった。
2007年4月8日に実施された、東京都・茨城県・沖縄県を除く44道府県議会議員選挙では、民主党は都市部を中心に躍進し、埼玉県・千葉県・神奈川県・愛知県といった大都市圏の県議会で大幅に議席を増やした。また、政令指定都市の市議選でも、札幌市・名古屋市・川崎市で議席数が自民党を上回るようになり、仙台市・神戸市・堺市では自民党に1議席差まで迫った。議員定数の少ない選挙区でも、民主党新人が自民党の大物議員に競り勝つ例が多々見られ、国政が活動の中心だった民主党に独自の地方組織が育ちつつあることを物語っている。
このように、民主党への支持は地域でも基盤を整える兆しが見え始めているが、同日に実施された東京都議会議員の補欠選挙では7議席中1議席しか獲得できなかった。
2007年4月22日実施の特別区議選では43議席増と大幅に躍進し、市町村議選でも一般市議選で82議席を増やすなど躍進しており、地域での基盤の充実の方針が成果を収めつつあると考えられる。しかし、市区町村地方議会議員の数では、公明党、日本共産党と比べると少なく、社民党よりも議員の数が少ない地域などもある。
小沢一郎代表は、2007年7月の第21回参議院議員通常選挙に備え、自ら参議院一人区となっている地方を重点的に回り、自民党の支持基盤の切り崩しを図った。その結果、自民党の支持基盤である地方でも選挙区選挙で自民党候補を押す人が減り、支持の急伸した民主党候補に逆転される場合が多くなった。安倍自民党が閣僚たちの数々の不始末や年金問題などで自滅し続けていた(新聞各紙のアンケート調査)という要素もあるが、地方でこういう民主党への着実な支持が新たに広がっていたため、参議院一人区で、民主党公認候補が17勝6敗、野党系無所属候補を合わせると23勝6敗という大躍進が実現したと考えられる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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